BUTTER RIOTの超名曲「海邊的你」を日本語で読んでみた|一人の海辺から、君と未来を追うまで

青い海を一人で見つめる人物と、夕暮れの海辺に横たわるメッセージボトル BUTTER RIOT
海邊的你
<span class="fz-12px">南無P</span>
南無P

リ―ホー!ニーハオ!南無パンクロック(@NAMUPUNKROCK)です

最近、BUTTER RIOT(台湾のバンド)の曲の中で、とても好きなのが「海邊的你」。

どこか懐かしく、少し切なくて、聴いていると台湾の海辺の景色が浮かんでくるようだ。

この哀愁が、たまらない。

BUTTER RIOTについては以前、台湾のラジオで偶然知ったところから、前身バンド「八德路人」や1stアルバム『My Paradise』まで掘った記事を書いた。

▶ BUTTER RIOTとは?台湾・高雄発、ELLEGARDEN好きに聴いてほしいパンクバンド

では、「海邊的你」はいったい何を歌っているのか。

台湾華語の歌詞を読んでみると、一人で海を眺める場面から、離れる決意、願い、そして誰かと追いかける未来へとつながっていく。

今回は、歌詞全文を「台湾華語原文 → 声調付きピンイン → 日本語訳」の順番で読む。

繰り返しも省略せず、最後の一行まで。そのあとで、気になった言葉や、八德路人時代から続くこの曲の背景を探ってみたい。


「海邊的你」の意味は「海辺の君」

海邊的你
Hǎibiān de nǐ
海辺の君

「海邊」は「海辺」で、「你」が「君・あなた」。

「的」は、ここでは日本語の「〜の」に近い働きをしている。

タイトル自体はシンプルだ。

ただ、歌詞の冒頭で海辺にいるのは「我」、つまり「僕」。

では、タイトルの「君」は誰なのか。

そこも気にしながら、まずは全体を読んでみたい。


ピンインと日本語訳について

ピンイン(拼音)は、中国語の発音をアルファベットで表す表記法。上に付いている記号は声調を示す。

  • ā:第1声 — 高く平らに。
  • á:第2声 — 上がる。
  • ǎ:第3声 — 低く抑える。
  • à:第4声 — 高いところから下がる。
  • 記号なし:軽声 — 軽く発音する。

この記事では、語の基本的な声調を書く方式に統一した。「一」はすべて yī と表記している。

実際に続けて読むと、「一個人」「一切」「一望無際」の「一」は通常 yí、「另一邊」の「一」は yì になる。また、第3声が続く場合にも発音が変わるが、本文の声調記号は基本形のままにしている。

「告訴」は gàosu、「怎麼」は zěnme、「的」は de、動作や状態の持続を表す「著」は zhe。「個」は gè と表記したが、軽く ge と読む場合もある。

「誰」は台湾教育部『國語辭典簡編本』に合わせて shéi を採用した。shuí という読みもあり、『重編國語辭典修訂本』には両方が載っている。「shéiは中国大陸だけの読み」というわけではない。

▶ 教育部《國語辭典簡編本》2021

なお、これは歌詞を読むための発音ガイドで、歌声をそのまま書き起こしたものではない。歌ではメロディに乗るため、会話の声調と歌唱時の音の高さは一致しないことがある。

日本語訳では「我」を「僕」、「你」を「君」とした。原文そのものが、この二人の性別や関係を指定しているわけではない。


「海邊的你」歌詞全文・ピンイン・日本語訳

BUTTER RIOT「海邊的你」(『My Paradise』収録版)


告訴我怎麼辦 又來到海邊
Gàosu wǒ zěnme bàn, yòu láidào hǎibiān
どうすればいいのか教えてくれ また海辺にやって来た

我一個人的時間
Wǒ yī gè rén de shíjiān
僕一人の時間

我一個人在海邊
Wǒ yī gè rén zài hǎibiān
僕は一人、海辺にいる

孤單的看著 一望無際的海平面
Gūdān de kànzhe, yī wàng wú jì de hǎipíngmiàn
見渡す限りの海面を、寂しく眺めている

今天我要離開
Jīntiān wǒ yào líkāi
今日、僕は離れていく

沒有後悔 沒有終點
Méiyǒu hòuhuǐ, méiyǒu zhōngdiǎn
後悔はない 終点もない

今天我要帶著所有的心願
Jīntiān wǒ yào dàizhe suǒyǒu de xīnyuàn
今日、僕はすべての願いを携えて

跨過所有的考驗
Kuàguò suǒyǒu de kǎoyàn
すべての試練を乗り越えていく


告訴我怎麼辦 還是在海邊
Gàosu wǒ zěnme bàn, háishi zài hǎibiān
どうすればいいのか教えてくれ 今も海辺にいる

我一個人的時間
Wǒ yī gè rén de shíjiān
僕一人の時間

我一個人在海邊
Wǒ yī gè rén zài hǎibiān
僕は一人、海辺にいる

孤單的看著 一望無際的海平面
Gūdān de kànzhe, yī wàng wú jì de hǎipíngmiàn
見渡す限りの海面を、寂しく眺めている

今天我要離開
Jīntiān wǒ yào líkāi
今日、僕は離れていく

沒有後悔 沒有終點
Méiyǒu hòuhuǐ, méiyǒu zhōngdiǎn
後悔はない 終点もない

今天我要帶著所有許下的心願
Jīntiān wǒ yào dàizhe suǒyǒu xǔxià de xīnyuàn
今日、僕はこれまで願ってきたことをすべて携えて

跨過所有的考驗
Kuàguò suǒyǒu de kǎoyàn
すべての試練を乗り越えていく


就住在 另一邊
Jiù zhù zài lìng yī biān
向こう側で暮らす

別問我是誰
Bié wèn wǒ shì shéi
僕が誰かなんて聞かないで

就住在 另一邊
Jiù zhù zài lìng yī biān
向こう側で暮らす

未來的一切沒有所謂絕對
Wèilái de yīqiè méiyǒu suǒwèi juéduì
これから先のことに、絶対なんてものはない


今天我要離開
Jīntiān wǒ yào líkāi
今日、僕は離れていく

沒有後悔 沒有終點
Méiyǒu hòuhuǐ, méiyǒu zhōngdiǎn
後悔はない 終点もない

今天我要帶著所有許下的心願
Jīntiān wǒ yào dàizhe suǒyǒu xǔxià de xīnyuàn
今日、僕はこれまで願ってきたことをすべて携えて

跨過所有的考驗
Kuàguò suǒyǒu de kǎoyàn
すべての試練を乗り越えていく


就住在 另一邊
Jiù zhù zài lìng yī biān
向こう側で暮らす

別問我是誰
Bié wèn wǒ shì shéi
僕が誰かなんて聞かないで

就住在 另一邊
Jiù zhù zài lìng yī biān
向こう側で暮らす

未來的一切沒有所謂絕對
Wèilái de yīqiè méiyǒu suǒwèi juéduì
これから先のことに、絶対なんてものはない

未來的一切沒有所謂絕對
Wèilái de yīqiè méiyǒu suǒwèi juéduì
これから先のことに、絶対なんてものはない

未來的一切有我陪你去追
Wèilái de yīqiè yǒu wǒ péi nǐ qù zhuī
これから先のすべてを、僕が君と一緒に追いかけていく


※歌詞はStreetVoice掲載版をもとにしています。日本語訳は筆者によるもので、公式訳ではありません。

▶ StreetVoiceで「海邊的你」を聴く・原文を確認する


「また来た」と「今もいる」の小さな違い

最初のまとまりと、その次のまとまり。

似た歌詞が続くが、冒頭は少し違っている。

最初は「又來到海邊」。また海辺にやって来た。

次は「還是在海邊」。ここでは、今も海辺にいる。

「還是」には「やはり」「相変わらず」といった訳もあるが、この文脈では、海辺にいる状態が続く感じを残した。

「離れていく」と歌ったあとに、また海辺の場面が現れる。

だからといって、実際に出発して戻ってきたのか、まだ出発できずにいるのかまでは分からない。曲の反復を、そのまま出来事の時系列にする必要もないと思う。

ただ、自分にはこの繰り返しが、前へ進もうとする気持ちと、まだそこにいる自分の両方を響かせているように聞こえる。

その揺れがいい。

なお、「孤單的看著」の「的」は掲載原文のまま。「海平面」は海面を指すので、対訳も「海面」とした。水平線まで浮かんでくる景色だが、原文の単語をそのまま「水平線」と置き換えないようにしている。


「今日、僕は離れていく」――願いを持ったまま進む

「今天我要離開」の「要」は、ここでは離れる意志や予定を表すものとして読んだ。

何から離れるのかは、書かれていない。

海辺なのか、今の暮らしなのか、それまでの自分なのか。そこは聴く側にも開かれている。

続くのは、「後悔はない」「終点もない」という言葉だ。

ここがすごく好きだ。

行き先も、そこに着いたあとのことも、細かく説明してくれない。それでも願いを携えて、試練を越えようとする。

この感じが、ものすごく青春っぽい。

願いを表す部分にも、小さな違いがある。

最初は「所有的心願」で、「すべての願い」。

次からは「所有許下的心願」となり、願いをかけることを表す「許下」が加わる。そのため、日本語も「これまで願ってきたことをすべて」と訳し分けた。

今、漠然と思っていることだけでなく、以前から願ってきたことも持っていく。

自分には、そんな響きが感じられる。


最後の一行で、「僕一人」の歌が変わる

この曲で、いちばんグッと来るのが最後だ。

冒頭では「我一個人」、つまり「僕一人」が繰り返される。

ところが最後には、「有我陪你」が現れる。

「陪」は、誰かに付き添う、一緒にいるという意味。「有我陪你」には、単に二人で行動するだけでなく、君と一緒にいる僕がいるという支えのニュアンスがある。

そのため、最後の一行はこう訳した。

これから先のすべてを、僕が君と一緒に追いかけていく。

それまで繰り返していたのは、未来に「絶対」なんてものはない、という言葉だった。

何が起こるのか分からない。

その不確かさが解決されたとは書かれていない。それでも最後には、君と一緒に追うと言う。

これがめちゃくちゃいい。

一人で海を見ていた声が、最後には誰かに寄り添おうとする声に聞こえてくる。

実際に誰かが海辺へやって来たのか、心の中で呼びかけているのかは分からない。けれど、歌詞の焦点が「一人の僕」から「君といる僕」へ動くことは、はっきり感じられる。


「另一邊」と「Other Side」――向こう側とはどこなのか

後半で繰り返される「另一邊」は、「もう一方の側」「向こう側」という意味だ。

「就住在另一邊」は、対訳では「向こう側で暮らす」とした。

この一行には主語がなく、時制も明示されていない。「就」の働きも文脈によって変わるので、「ただ」「それなら」など一つの日本語に固定しにくい。

「向こう側で暮らそう」と訳すと、誰かを誘う感じが強くなる。今回はそこまで補わず、主語と語尾に余白を残した。

では、その「向こう側」とはどこなのか。

地理的に反対側の場所とも読める。ただ、自分には、今とは違う場所や、まだ知らない未来まで重なって聞こえる。

その読みと響き合うのが、現在の英題だ。

火氣音樂の公式販売ページでは、『My Paradise』の6曲目が「海邊的你 Other Side」と記載されている。

▶ fireonshop.com

「另一邊」と「Other Side」。

言葉の意味が対応しているので、この英題を知ると、歌詞の中でも「向こう側」という言葉がいっそう耳に残る。


タイトルの「君」は誰なのか

ここで、もう一度タイトルに戻る。

「海邊的你」

海辺の君。

歌詞の冒頭で海辺にいるのは「僕」だが、最後には「君」が登場する。

恋人なのかもしれない。友人なのかもしれない。もっと広く、歌を聴いている誰かへの呼びかけとして受け取ることもできる。

歌詞だけでは、相手を一人に決められない。

「別問我是誰」と、自分が誰なのかを尋ねないでほしいとも歌っている。

誰が、どんな事情で海辺にいるのか。何を離れて、どこへ行くのか。

詳しい説明がないからこそ、自分の記憶を重ねられるのだと思う。

自分には、海辺で迷っている誰かへ、最後に手を差し出すような歌にも聞こえる。


八德路人時代の英題は「Seaside Lover」

この曲には、もう一つ面白い背景がある。

BUTTER RIOTの前身バンド、八德路人 The Passerby 8の時代から存在しているのだ。

StreetVoiceに残る、2022年6月7日公開の『路口』全曲試聴ページでは、3曲目が「海邊的你(Seaside Lover)」と紹介されている。

同年7月15日付の『路口(2022 Live Session)』にも、3曲目として収録されている。

そして2026年1月23日、BUTTER RIOT名義の1stアルバム『My Paradise』がデジタル発売された。こちらの公式曲目表に載る英題は「Other Side」だ。

中国語タイトルは同じ。

英題は、Seaside LoverからOther Sideへ。

これは、かなり面白い。

「Seaside Lover」なら、海辺の恋人という印象を受ける。「Other Side」なら、歌詞の中で繰り返される「向こう側」に意識が向く。

なぜ英題を変えたのか、今回確認した資料には説明がない。だから、バンドが曲の意味を変更したとまでは言えない。

ただ、聴く側としては、この違いだけでも曲の見え方が少し変わる。

自分には現在の英題が、海辺に立つ場面から、その先へ進もうとする気持ちまで含んでいるように感じられる。


10代で発表した曲が、今も残っている

火氣音樂の公式プロフィールによれば、BUTTER RIOTのメンバーは全員2004年生まれ。

▶ 火氣音樂|Fire On Music

2022年の発表当時は、17〜18歳だったことになる。『路口』のクレジットには、現在の4人と同じ名前が並んでいる。

つまり、「海邊的你」は彼らが10代の頃に発表した曲だ。

いつ書き始めた曲なのかまでは分からない。でも、少なくともその頃には、この歌があった。

後悔も、終点もないと言い、願いを持って試練を越えようとする。そして最後には、誰かと未来を追おうとする。

その曲が、バンド名を変えたあとの『My Paradise』にも残っている。

昔の曲を持ったまま、今のバンドになっている。

その時間まで知ると、もう一度聴きたくなる。

前身バンドやアルバム全体については、BUTTER RIOTの紹介記事で詳しく書いている。


自分には、未来へ進もうとする歌に聞こえる

最初に惹かれたのは、完全にメロディだった。

切ない。哀愁がある。なんとなく海の風景が浮かぶ。

それだけでも、かなり好きだった。

でも歌詞を読んでみると、離れていこうとする意志や、誰かと一緒にいるという言葉が、そのメロディの中から聞こえてきた。

自分には「海邊的你」が、迷いながらも、ここから未来へ進もうとする歌に聞こえる。

特に、最後の一行。

一人で始まった歌が、君と一緒に未来を追う言葉で終わる。

あの哀愁のあるメロディに、この歌詞が乗っている。

やはり、このバンドは素晴らしい。


BUTTER RIOTをもっと知りたい方へ

バンドのプロフィール、前身の八德路人、『My Paradise』、日本のバンドとの接点などは、こちらの記事にまとめている。

▶ BUTTER RIOTとは?台湾・高雄発、ELLEGARDEN好きに聴いてほしいパンクバンド

台湾の読者向けに、日本のパンク好きがこのバンドを知った経緯を繁體中文で書いた記事もある。

▶ BUTTER RIOT:日本龐克迷從台灣廣播挖到的高雄樂團

台湾のラジオで偶然知ったバンドを調べて、前身バンドまで遡り、今度は一曲の歌詞を日本語で読む。

海外の音楽を聴く面白さは、こういうところにもある。


参考資料


<span class="fz-12px">南無P</span>
南無P

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

written by 南無パンクロック 

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