※この記事は、2023年に書いた文章をもとに、後年、一部加筆・修正したものです。当時の感想を残す方針で編集しています。

リ―ホー!ニーハオ!南無パンクロック(@NAMUPUNKROCK)です
かれこれ12年前、夏の終わりの9月18日に、AIR JAM 2011を見に横浜スタジアムへ行った。
2011年夏、はじめてのハイスタ

屋根のないハマスタで開催されたAIR JAM 2011。9月18日は、まだかなり蒸し暑かった。
それまで、音楽フェスへ行く機会はあまりなかったが、実際に参加してみると、時間が長く感じ、人の多さもあって、かなり体力を消耗した。
ずっと聴いてきたHi-STANDARD(ハイスタンダード)のライブを生で見るのは、その日が初めてで、これまた好きなBRAHMAN(ブラフマン)のライブを見るのも初めてであった。
他にもいろんなバンドが出ていたが、トリ前のブラフマンのステージは、一段と熱量を感じた。
復活のステージとなった、ハイスタンダードのライブが格別であったことは、言うまでもない。
AIR JAM 2011の出演バンド
あの日の出演バンドには、
・the HIATUS
・10-FEET
・LOW IQ 01 & MASTER LOW
・磯部正文BAND
・TURTLE ISLAND
・WAGDUG FUTURISTIC UNITY
・キングギドラ
・Pay money To my Pain
・FACT
・SCAFULL KING
・マキシマムザホルモン
・Me First and the Gimme Gimmes
・MURPHY’S LAW
などがいた。
そういえば、ロンブーの亮が、友人のLOW IQ 01 & MASTER LOWの登場前に、ステージに出て来て、少し話していたのを見た記憶がある。
日本パンクロック史に残るこの日のステージは、STANCE PUNKSのTSURUも見に来ていた。TSURUは、AIR JAM 2011の直後に「AIR JAMとボク」と題する随想文を、四回にわたってブログに投稿していた。当時読んで、その内容が印象的だったことを覚えている。
参照:
STANCE PUNKS TSURUの夜のタンポポ爆弾「AIR JAMとボク(前編)」2011年09月18日(Sun)
STANCE PUNKS TSURUの夜のタンポポ爆弾「AIR JAMとボク(中編)」2011年09月19日(Mon)
STANCE PUNKS TSURUの夜のタンポポ爆弾「AIR JAMとボク(後編)」2011年09月20日(Tue)
STANCE PUNKS TSURUの夜のタンポポ爆弾「AIR JAMとボク(終編)」2011年09月28日(Wed)

大トリのハイスタのステージは、自分もなるべく近くで見たいと思い、ブラフマンがもう一つのステージでライブをしているのを横目に見ながら、ハイスタの出るステージの前方へ行こうと試みた。
しかしながら、すでにモッシュピットがぎゅうぎゅう詰めで、全然行けなかった。
大トリのHi-STANDARDのライブ
ハイスタのステージが始まってから、前方へ行くのを再度試みた。
だがやはり、オーディエンスの密度が高すぎて、ちょっとこの感じは厳しいと思い、少し落ち着いて見れる位置まで下がってハイスタのライブを見た。
さすがにハイスタのセットリストは全部知ってる曲で、一曲一曲感慨深く聴きながら、リズムに乗りながら、ステージを観た。
MOSH UNDER THE RAINBOWの時には、オーディエンスが輪になって踊るこの曲恒例の展開となった。
そのとき、近くにいたハイスタファンであろうお兄さんに「一緒に肩組みませんか?」と話しかけられた。
応じて混ざってみたけれど、けっこう照れくさかった。
あの時のハイスタのライブは、楽しさもあったけれど、それよりも感慨深い気持ちの方が大きかった。
ツイッターから発信された「届け!!!」
9.18 ハイ・スタンダード AIR JAM。届け!!! http://ow.ly/i/aMHh
— 横山健 (@KenYokoyama) April 26, 2011
9.18 ハイスタンダード AIR JAM。届け!!! http://twitpic.com/4plnsx
— 難波 章浩 (@AKIHIRONAMBA) April 26, 2011
ハイスタの三人による「9.18 ハイスタンダード AIR JAM。届け!!!」から始まった、2011年の電撃復活。それまで、もうハイスタのライブは、十中八九見れないだろうと思っていた。
これ程までに、ドラマチックな展開を見せてくれるバンドを、わたしは他に知らない。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!
written by 南無パンクロック


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